


■愛称 黄金の子、神の子
■国籍 イタリア
■生年月日 1956年9月23日(52歳)
■出身地 プラート
■身長 174cm
■体重 66kg
■ポジション FW
■利き足 右足
■所属クラブ
71-72年 ACプラト 72-75年 ユベントス
75-76年 コモ 76-79年 ビチェンツァ
79-80年 ペルージャ 80-81年 ビチェンツァ
82-85年 ユベントス 85-86年 ACミラン
86-87年 ベローナ
セリエA優勝:2回(1981-82年/1983-84年)
セリエB優勝:1回(1976-77年)
コッパ・イタリア:1回(1982-83年)
UEFAチャンピオンズリーグ:1回(1984-85年)
UEFAカップウィナーズ・カップ:1回(1983-84年)
UEFAスーパーカップ:1回(1984年)
バロンドール(欧州年間最優秀選手):1回(1982年)
セリエA得点王:1回(1977-78年 24得点)
セリエB得点王:1回(1976-77年 21得点)
■代表 1977-1986
代表デビュー:1977年12月21日 vs ベルギー
代表通算:46試合出場 20得点
1982年FIFAワールドカップ優勝。
6得点をあげ得点王・MVP
77/78シーズンにセリエAに昇格したばかりの
ビチェンツァで21ゴールを挙げ得点王を獲得し、
78年アルゼンチン大会に出場し、
チームのベスト4進出の原動力となり一気にスターダムにのし上がった。
ところが、国内での八百長事件に巻き込まれ
2シーズンの出場停止処分を受けた。
82年スペイン大会直前に復帰しメンバーに選出されると、
1次リーグでは沈黙をしたが
優勝候補筆頭 と目されたブラジル戦で奇跡的な復活をし、
ハットトリックを決めてブラジルを沈めると、
準決勝戦では2得点、決勝戦でもゴールを決めて、
イタリア優勝のヒーローとなり自身も得点王を獲得した。
特異な得点感覚を持つストライカーで、
小柄で華奢な体つきながらスピードと
抜け目のないポジションどりでゴールを陥れる。
ワールドカップ後には再びヒザの負傷に苦しみ、
リーグ戦では3シーズンで23ゴールをあげたのみ。
ACミラン、ベローナで1シーズンずつプレーして、31歳で現役を退いた。