第2回目の名所、スポットは、西成大橋親柱の碑をご紹介させて頂きます。新淀川の開削は、明治42(1909)に完成しましたが、そこに架けられたのが西成大橋です。この大橋は現淀川大橋の付近にあり、梅田街道に通じ、梅田方面から西淀川区へ入る玄関口でもありました。親の碑文には、明治41年12月竣工・延長四百四間参分(約735m)・高欄内法参間(幅約5.5m)と記してあります。鼻川神社の由来は、神功皇后がこの地に立ち寄られたとき、つきたての餅を 柏の葉にのせて献上すると賞味され、当地が無名であるのを聞かれて、地形が対岸に突き出て鼻のようなので、地名を「はなかわ」渡しを「かしわの渡し」と命名されました。これを記念して祭神に神功皇后を祀り、後に住民と関係の深い海老江の氏神、須佐之男命(すさのおのみこと)を併せて祀るようになったと伝承されています。
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