少年時代をオーク・クリフのプロジェクト(スラムの住人のための公営住宅)で過ごした。バスケットも高校二年のときに代表に選ばれず、挫折して本格的に始めたのは大学に入ってからだった。それまでは空港の整備や、万引き、ホームレスなどその後NBAプレーヤーになるなど夢のような話だった。大学に入ったのも妹の友人のロリータ・ウェストブルックの勧めで、テキサス州のクッキー郡短大に進学したのである。その後サウスイースタン・オクラホマ州大学に編入し、大学の2部リーグに相当するNAIA(全国大学体育協会)で活躍した。ロッドマンは1985年と1986年にこのリーグでリバウンド首位になった。短大と大学でプレイした4年間の平均得点は25点を超え、NBAのチームにも知られるようになった。そのころから得点する事よりも、リバウンドする事のほうに快感を覚えはじめていた。